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仙台高等裁判所 昭和51年(ネ)77号 判決 1980年8月29日

控訴人 青森県

右代表者知事 北村正哉

右指定代理人 笠原嘉人

<ほか六名>

被控訴人 沼山長太郎

右訴訟代理人弁護士 祝部啓一

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

第二被控訴人の請求の原因

一  被控訴人は、昭和四四年一〇月一七日、別紙(一)記載の暴行及び脅迫の各被疑事実につき、青森県七戸警察署長警視和田昌治が請求し、野辺地簡易裁判所裁判官が発付した逮捕状により逮捕(以下第一次逮捕という。)され、引き続き同月二〇日から同月二八日まで勾留(以下第一次勾留という。)された。次いで同日右被疑事実につき釈放されると同時に、別紙(二)記載の殺人及び死体遺棄の各被疑事実(以下本件殺人事件という。)につき、七戸警察署応援派遣青森県警察本部所属司法警察員警部長谷川喜八郎が請求し、青森地方裁判所裁判官が発付した逮捕状により逮捕(以下第二次逮捕という。)され、引き続き同年一〇月三一日から一一月一九日まで勾留(以下第二次勾留という。)された。

二  右一連の逮捕勾留の違法性

1  第一次逮捕の違法性

(一) 前記七戸警察署長和田昌治及び同署警部補石田幸夫は、被控訴人第一次逮捕以前から被控訴人を本件殺人事件の容疑者と見て殺人事件について捜査を進めていたが、本件殺人事件については被控訴人を逮捕するに足る資料がないため、たまたま令状を請求するに足る証拠資料を収集しえた本件暴行脅迫事件により被控訴人を逮捕したうえ専ら本件殺人事件について取調べることを図り、身柄拘束の理由と必要性がない本件暴行脅迫事件について前項記載のとおり逮捕状発付の請求及びこれによって得た逮捕状の執行をなし、本件殺人事件について被控訴人を取調べた。

(二) 本件暴行脅迫事件につき身柄拘束の理由及び必要性がなかったことは、同事件が後に不起訴処分となったことから明らかであり、また、第一次逮捕状の発付請求及び執行が専ら本件殺人事件の捜査に利用する目的のもとになされたことは、右事実のほか、本件暴行脅迫事件の捜査が本件殺人事件の捜査中になされた事実並びに第一次逮捕による取調期間中に被控訴人に対し本件殺人事件についての取調及び自白の強要がなされた事実によっても、明らかである。

(三) 前記両名による前記行為は、日本國憲法及び刑事訴訟法に定める令状主義を実質的に潜脱するものであり、逮捕状の発付請求及びその執行の両面において違法である。

2  第一次勾留の違法性

(一) 法令上、被疑者の勾留は検察官の請求により裁判官が発する命令を検察官が執行指揮することによりなされるものであるが、第一次勾留は、前述のとおり司法警察職員の違法な目的による違法な逮捕に基づく捜査の結果得られた資料に基づきなされたものであるから、違法である。

(二) しかも、右逮捕勾留期間中に被控訴人の取調にあたった司法警察職員は、次のとおり違法な行為を行った。

(1) 殺人事件についての強制捜査

ある被疑事実により逮捕勾留されている被疑者が、刑事訴訟法一九八条一項に基づく捜査官の出頭要求や取調を拒否できず、あるいは出頭後自己の意思により退去し得ないのは、原則として逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実について取調を受ける場合に限られ、右事実と関係のない被疑事実について取調を受ける場合には右のような取調受忍義務はなく、在宅の被疑者と同様捜査官の出頭要求を拒み、あるいは出頭後何時でも退去することができるのである。したがって、捜査官は身柄拘束中の被疑者に対し逮捕・勾留の基礎となっていない事実につき取調べるときは、取調を受忍する義務のないことを告知しなければならないと解すべきである。

しかるに、本件第一次逮捕・勾留中の被控訴人に対する取調について見ると、司法警察職員は本件殺人事件について取調べる際被控訴人に対し取調受忍義務のないことを告知しておらず、またその取調状況も被控訴人が出頭後何時でも退去して自己の居房に引き上げ得る状況ではなかった。このことは被控訴代理人が昭和四四年一〇月二四日被控訴人との接見を求めた際警察官の立会のうえで接見が許されたことからも窺うことができる。したがって、第一次勾留中における本件殺人事件についての司法警察職員の取調は実質的には強制捜査であって、違法なものといわざるを得ない。

(2) 自白の強要

司法警察職員は、昭和四四年一〇月一七日被控訴人を逮捕してから後、連日午前八時頃から同一二時頃まで及び午後一時頃から同五時三〇分頃までの長時間にわたり被控訴人を殺人事件についても取調べ、その方法は、鉛筆を被控訴人の喉笛に突き付けたり、歯ぎしりあるいは酒の臭いをさせて「さあ殺したといえ。」の一点張りで自白を強要し、被控訴人がこれを否認すると、被控訴人の胸のあたりを手で突き、頭部を取調室の壁に打ちつけるなど、強圧的なものであった。その結果被控訴人は同年一〇月二三日に至り、これ以上否認すればいかなる危害を加えられるかも知れないと畏怖して沼山石松を殺害したと虚偽の自白をするに至った。以上のような捜査官の取調が違法なものであることは、いうまでもない。

(3) 弁護権の侵害

昭和四四年一〇月二四日頃、被控訴代理人が被控訴人との面会を求めたところ、前記七戸警察署長和田昌治及び同署捜査主任警部長谷川喜八郎は、これを許さなかった。そこで被控訴代理人は青森地方検察庁溝口検事にかけ合った結果警察官立会を条件に同日午後四時頃被控訴人と面会することができた。右面会の拒絶及び警察官立会を面会の条件としたことは弁護人の弁護権を侵害する違法行為である。

3  第二次逮捕・勾留の違法性

第二次逮捕状の発付の請求は、被控訴人の司法警察員長谷川喜八郎に対する昭和四四年一〇月二三日付供述調書二通(六葉のもの及び一三葉のもの)及び司法警察員清野春治に対する同年同月二五日付供述調書を主要な資料として、同年同月二七日司法警察員長谷川喜八郎によってなされた。右被控訴人の各供述調書が第二次勾留請求に際しても主要な資料とされたことは、第二次逮捕状発付請求と同様である。

しかしながら、右被控訴人の各供述調書は前2項記載のとおり違法な捜査により得られた証拠であって、証拠能力のないものというべきである。証拠能力のない供述調書を逮捕・勾留の資料として用いることは一概に違法であるとは言い得ないが、本件の如く殺人事件の逮捕・勾留の疎明資料がないため暴行脅迫被疑事件の捜査に藉口して自白を強制して供述調書を作成し、それを殺人事件についての逮捕・勾留の資料とすることは、前記令状主義に反するものと解されるから違法というべきであり、したがって右違法な逮捕状発付請求の結果得られた逮捕状を執行することも違法となるものといわねばならない。右違法行為を行ったものは、前記七戸警察署長和田昌治及び司法警察員長谷川喜八郎である。

また勾留については違法な証拠をその請求の資料として提出した点において同人らは違法行為を行ったといわねばならず、同人らが第一次逮捕をした目的及び第一次逮捕・勾留中になした違法な取調に徴すると、同人らが右被控訴人の各供述調書は違法な別件逮捕に基づく自白調書であることを認識していたことが認められるのである。

三  新聞社に対する発表の違法性と捜査機関の過失

1  被控訴人に対する本件殺人被疑事件の捜査の顛末については、昭和四四年一〇月一八日から同年一一月二〇日にかけて一〇回にわたり東奥日報紙上に逐一掲載された。右各記事中第一次逮捕・勾留中の同年一〇月二八日夕刊まで掲載されたものは六回、次いで第二次逮捕・勾留期間中の同年一〇月三一日まで掲載されたものは三回に及び、最終の同年一一月二〇日付の記事は被控訴人の釈放を報じたものである。

右各記事中昭和四四年一〇月二八日付朝刊紙上には、「(被控訴人は、)暗やみからウワーという声がして棒を振り上げて来た男がいたのでとっさにそばにあった角材(約一・三メートル)で夢中で男の頭を二、三回殴ったうえその場に倒した。起したら男は死んでいて、よく見たら石松さんだった。大変なことをしたと思い云云」との自供を被控訴人がしたとの記載があり、また前記最終記事中には、「被控訴人が本件殺人事件の真犯人と考えられるが、証拠が十分でないため公判維持が不可能であるので釈放したに過ぎない。」との記事のほかに、阿部県警刑事部長の新聞記者に対する「警察としては真犯人であるという心理状態を汲みとっている。これは自供の内容その他でよく出ている。今後も重要容疑者として取調を続ける。七戸署に設けた特捜本部は解散しない。」との談話が掲載されている。

2  右一連の新聞記事中、一〇月二八日付の記事はその動機態様において経験則上首肯しえないものであることがうかがえるにも拘らず発表に踏み切った点で違法であり、被控訴人が本件殺人事件の犯人であるかのような記事は、前記逮捕・勾留中に司法警察職員が東奥日報社を含む新聞記者に対し、被控訴人が本件殺人事件の真犯人であるかのように発表したため掲載されたものであり、前記最終記事は、依然として被控訴人が真犯人であるとの心証発表をしたため掲載されたものである。

3  しかしながら右の発表内容は真実に反するものであり、かつ被控訴人の名誉を侵害するものであるから、その違法性は大きく、また前述のとおり違法な別件逮捕により得た被控訴人の自白を発表した点においても違法といわねばならない。

4  右の発表に当った司法警察職員は右発表した内容が真実であることの証明がなく、しかも右内容が真実であると信ずるについて相当の理由がないこと及び右発表が違法であることを容易に認識しえた。

したがって司法警察職員は過失により違法な発表をなし、被控訴人の名誉を侵害したものである。

四  以上一連の違法な逮捕・勾留及び違法な新聞発表により、被控訴人は精神的苦痛をうけ、そのため次項記載の財産的損害をも蒙った。

また以上の違法行為をなした司法警察職員は控訴人青森県の公権力の行使にあたる公務員であるから、控訴人は被控訴人に対し国家賠償法一条一項に基づき本件各不法行為により被控訴人が受けた損害を賠償する責任がある。

五  被控訴人は前記違法な逮捕・勾留、その間の違法な取調及び司法警察職員の違法有責な新聞社に対する発表により反応性うつ病に罹患し、昭和四四年一一月二〇日から同年一二月五日まで十和田市立病院に入院治療のやむなきに至り、前記逮捕・勾留期間を併せ五〇日間にわたり労働に従事することができなかった。その結果被控訴人が蒙った損害は次のとおりである。

1  逸失利益  金一〇万八二五〇円

被控訴人の昭和四三年度における所得は金七七万九四四〇円、一日平均金二一六五円であるから五〇日間で金一〇万八二五〇円となる。

2  入院治療費  金八八一九円

前記入院治療費として右金額を支出した。

3  慰藉料  金三〇万円

被控訴人が本件一連の不法行為により蒙った精神的苦痛に対する慰藉料としては、少くとも右金額を以って相当とする。

六  よって被控訴人は控訴人に対し、金四一万七〇六九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年三月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する控訴人の答弁

一  請求原因に対する認否

1  請求原因一項の事実は認める。

2  同二項1の事実中、本件暴行事件による逮捕期間中に被控訴人を司法警察職員が本件殺人事件についても取調べたこと及び本件暴行脅迫事件について起訴されていないことは認め、その余の事実は否認する。

3  同二項2の事実中、司法警察員が第一次勾留期間中に本件殺人事件についても被控訴人を取調べたこと(なお右取調時間は別紙(三)取調経過表記載の範囲である。)及び被控訴代理人が被控訴人主張の頃被控訴人との面会を求めて来たので七戸警察署では警察官立会のうえ被控訴代理人と被控訴人を面会させたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同二項3の事実中、被控訴人主張の供述調書が第二次逮捕・勾留請求の資料とされていることは認めるが、その余の主張事実は否認する。

5  同三項の事実中、被控訴人主張のとおりの新聞記事が掲載されたことは認める。七戸警察署長は本件脅迫事件で被控訴人を逮捕した際来署した報道記者数名の質問に対し「殺人事件に関係があるかどうか明らかでない。」と答え、また本件殺人事件で被控訴人を逮捕した際来署した報道記者数名に対し、「犯行は自供している。」と発表し、阿部刑事部長は被控訴人釈放後本件殺人事件について取材に来た報道記者数名に対し、「本人の自供のあったことや情況証拠から見て重要容疑者としての線が濃いので今後とも継続捜査して明らかにしたい。」旨発表したに過ぎない。しかも右発表は何ら違法性がなく、発表について同人らに過失があるとはいえない。

6  同四項の事実中司法警察職員の法的地位は認めるがその余の事実は争う。

7  同五項記載の事実は否認する。被控訴人主張の損害は、本件逮捕・勾留及び新聞発表によって通常生ずべきものではなく、また、被控訴人の取調にあたった捜査担当者にとって予見しえたものということもできない。

二  控訴人の主張

1  第一次逮捕の適法性

(一) 被控訴人の逮捕の理由と必要性

(1) 青森県警察本部司法警察員は、昭和四四年七月三日本件暴行脅迫事件につき聞込みを得たので、被害者らから事情聴取等の捜査をしたところ、次のような事情が判明した。

① 被控訴人の本件暴行脅迫事件についての嫌疑はいずれも濃厚であった。

② 細井末一郎に対する暴行事件は同一人に対し繰返し加えられたもので悪質である。

③ 沼山喜三郎に対する脅迫事件には関係者も多く、証拠品や複雑な背後関係についての捜査も必要であり、且つ右捜査には相当の時間を要すると考えられた。

④ 被控訴人は気性が激しく、衝動的で、極めて短気であり、自分の気に合わないことがあれば誰彼の見境なく暴力を振い、些細なことに兇暴性を発揮して暴力を加える性情を有していた。

⑤ 本件暴行脅迫事件の関係人は右④記載のような事情から被控訴人を畏怖し、事実を警察に知らせることや捜査に協力することによって被控訴人から仕返しをされることを極度に怖れていた。

⑥ 昭和四四年一〇月一七日本件暴行脅迫事件について被控訴人を取調べたところ、同人は右被疑事実を否認した。

(2) 以上のように、被控訴人の容疑は濃厚であり、且つ事案の真相究明には更に多くの捜査が必要であったが、任意捜査によるときは、証拠隠滅の虞れや被控訴人が事情聴取に応じた関係人らを難詰したり御礼参りをしたりする虞れがあったので、被控訴人を逮捕して捜査する必要があると判断し、本件暴行等事件について逮捕状発付の請求をし、右令状の発付を受けて適法に被控訴人を逮捕した。

(3) 被控訴人は本件暴行脅迫事件が不起訴処分になったことから、同事件が身柄拘束の理由と必要がなかったことが推定される旨主張するが、右主張は不当である。身柄拘束の必要性と理由は逮捕当時の資料に基づいて判断されるべきであり、結果的に不起訴となったからといって、逮捕の要件が当初からなかったということはできない。

(二) 第一次逮捕の目的について

(1) 本件暴行脅迫事件について捜査が開始された当時、被控訴人に対し、本件殺人事件についても捜査が進められていたのは事実である。被害者沼山石松殺害の態様、死体遺棄及び証拠隠滅の状況等から、右殺人が粗暴性向を有する者、しかも被害者の居住する蓼内部落民によるものとの可能性が十分考えられ、該殺人被疑事件の捜査と併行し、あるいはその捜査の進展に伴い、捜査当局が右蓼内部落内の暴力事犯の把握解明に力を注いだのは、捜査の過程上当然のことである。被控訴人は、本件暴行脅迫事件は捜査の対象となっておらず、殺人事件で逮捕できないために暴行脅迫で逮捕したかのように主張し、暴行脅迫事件を殺人事件捜査の口実に過ぎないと論ずるが、事実を曲げ、捜査の多面的展開を無視した皮相な見解である。

(2) 前述のとおり、右捜査過程で判明した被控訴人の粗暴な性格は度を超したもので、被控訴人の本件暴行等事件の背景は決して軽微なものでないばかりか、被控訴人が被害者らに対して威嚇を加える等して罪証隠滅工作を行う虞れが多分にあった。かように、本件暴行脅迫事件については、固有の逮捕の理由及び必要が存したのである。

(3) 附言するに、捜査当局が被控訴人を本件暴行脅迫事件につき逮捕するに当って、該事件の取調のほか、これと並行して殺人事件の取調を行う意図を持っていたとしても、それはあくまで「並行して」両事件の取調を行う意図をあわせもっていたに過ぎないのであり、取調時間の配分状況からしても、これをもって「本件暴行事件に名を藉りたもの」とする被控訴人の主張は誤りである。

2  第一次勾留について

(一) 第一次勾留違法性に関する被控訴人主張の不備

勾留は被告人又は被疑者を監獄に拘禁する強制処分(裁判及びその執行)であり、被疑者に対する場合には、検察官の請求により裁判官が勾留状を発することによって行われる(刑事訴訟法二〇七条)。したがって被控訴人が勾留の違法を主張するのであれば、当該勾留請求をした検察官、勾留状を発した裁判官の故意、過失、違法行為を具体的に主張すべきであるが、被控訴人は警察官の捜査の違法を主張するに止まるから、右勾留違法についての被控訴人の主張は主張自体失当といわねばならない。

(二) 第一次勾留の必要性と理由

(1) 先に第一次逮捕の理由と必要性について述べた各事情により、被控訴人には本件暴行脅迫事件につき証拠隠滅の虞れが認められたので、青森地方検察庁検察官は勾留請求をなし、勾留状の発付を得て、同月二〇日被控訴人を適法に勾留した。

(2) 右勾留後参考人らの取調が進むにつれて、被控訴人は同月二一日頃から暴行脅迫の事実につき一部自供を始めたが、同人はあくまでも事実を隠そうと虚偽の供述をすることも多々あった。そこで、関係者に対する捜査をなしつつ、これにより被控訴人の自供を得る状態で、同人が全面自供をするに至ったのは同月二六日になってからであった。しかし、右供述の裏付捜査をしたところ、なお不明な点があったので、これを解明するため同月二八日まで勾留が継続された。

(三) 第一次逮捕・勾留中の殺人事件の取調について

(1) 被控訴人は、ある事件(本件では暴行脅迫被疑事件)の逮捕・勾留中に他の事件(本件では殺人等被疑事件)に関して被疑者を取調べることは許されないかのように主張する。

しかしながら、ある事件の勾留中に他の事件に関して取調をすることは何ら禁ぜられていないし、また自由刑の執行中であっても、検察官、検察事務官はその出頭を求め取調べ得るものと解するのが通説であり、また裁判例の多数も、いわゆる違法な別件逮捕は許容されないとしたうえで右趣旨を肯認している。現実の問題としても、取調対象者は既に逮捕・勾留されている身であって、出頭とか退去とかが実質的意味をもたない状況下におかれていること、また個々の犯罪事実ごとに別々の逮捕・勾留の手続を繰返すことはいたずらに手続を煩瑣にするばかりでなく、被疑者にとっても逮捕・勾留の繰返しによる不利益を来たすこと等の考慮からも、以上の解釈は合理的といえるのである。

(2) 次に被控訴人は本件第一次逮捕・勾留中には本件殺人事件についての取調については取調受忍義務がないのに、司法警察員は被控訴人に対し取調受忍義務がないことを被控訴人に告知しておらず、またその取調は取調受忍義務の限度を超えた違法な強制捜査としての取調であった旨主張する。しかし、以下に述べるとおり、右の主張は強制捜査と任意捜査の区別の点においても、捜査官に対して取調受忍義務のないことを告知すべき義務を負わせた点においても、その取調が取調受忍限度を超えるとした点においても、誤りである。

(3) 捜査の方法としては任意捜査と強制捜査とがあり、両者の区別は強制力を用いるか否かによって定まる。しかして任意捜査は強制力を用いず、市民の生活利益の強制的侵害を伴わないので、原則として法の規定をまたずに自由に行うことができ、刑事訴訟法は例示的に被疑者の取調(同法一九八条)、参考人の取調(同法二二三条)その他を規定しているのであって、被疑者の取調行為自体は本来任意捜査に属するものなのである。もっとも、逮捕・勾留して取調をする場合、その逮捕・勾留自体は強制捜査であるが、この場合出頭拒否や自由な退去が認められないからといって、そのために取調そのものが強制捜査になるわけではない。もちろん、取調に当って拷問、脅迫を加えたり、通常の食事時間に食事も与えず、又は適当な休息を与えないで取調を継続したり、通常は休息又は睡眠の時間となるべき深夜に至るまで取調をするなど、供述に任意性を欠くような状況下における取調は許されず、このような取調は任意捜査とはいえないが、このような強制を伴わない通常の取調は任意捜査である。

(4) 以上の理は、逮捕・勾留中の被疑者に対し、逮捕・勾留被疑事実以外の事実について取調をする場合でも同様であるといわねばならない。更に刑事訴訟法一九八条一項但書の規定はいわゆる余罪取調の場合には適用がないと解しても、もともと被疑者は刑事訴訟法上如何なる場合にも自己の意思に反して供述する必要がない(刑事訴訟法一九八条二項)とされているのであるから、その取調がただちに強制捜査にあたるとすることはできない。

(5) 被控訴人は、捜査官は余罪取調に際し被疑者に対し取調受忍義務のないことを告知すべき義務があると主張する。しかしながら、右のような告知義務を捜査官に課したと認められる規定は刑事訴訟関係法令上全く存せず、わずかに被疑者の取調については捜査官に供述拒否権の告知を義務づけているのみである。被控訴人の主張は法の合理的解釈の範囲を超えた不当なものである。

(6) 以上のとおり被控訴人の主張はその前提において誤りであるが、本件第一次勾留中の殺人罪についての取調の実態を見ても、それは余罪取調の範囲を逸脱したものではなく、被控訴人の供述の任意性を奪う状況下でなされたものでもなかった。すなわち、被控訴人に対する取調時間は別紙(三)記載のとおりであり、その時間は本件暴行脅迫事件の取調時間と比較し過大なものではなく、その取調にあたっても、被控訴人主張のような強制的手段は全く用いられていない。本件殺人事件についての被控訴人の供述は、すべて任意になされたものである。

(四) 弁護権侵害の主張について

祝部弁護士が七戸警察署を訪れた時、吉田巡査部長が被控訴人を暴行脅迫容疑で取調中であり、更に溝口検事が犯行現場の視察から帰り次第、同検事が取調に入る予定になっていた。(長谷川警部は同検事に同行して不在であったから、祝部弁護士の面会要求に対しては何らの意思表示もしていない。)同弁護士は「長男から依頼されて来た。」と述べ、被控訴人との接見を要求した。しかし同弁護士に対する弁護人選任届は提出されておらず、たまたまその時被控訴人の長男が同署で取調を受けていたので、同人に問合せたところ、選任した覚えがないとのことであった。その後弁護人選任者が不明のまま時間が推移したが、ようやく依頼者が被控訴人の妹の夫山本敏夫であることが判明した。そのような依頼者では、刑事訴訟法三九条一項、三〇条による「弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人になろうとする者」には該当しないのであるから、本来接見が許される筈がないのであるが、七戸警察署長和田昌治は折角来署した祝部弁護士の立場を考慮し、また同弁護士の強い要請もあったので被控訴人に弁護人選任の意思があるかどうかを確認させるため、同弁護士と被控訴人との面会を一五分間に限り認めることとし、吉田巡査部長の取調を中断させて同弁護士を被控訴人と面会させた。和田署長は、該面会が刑事訴訟法三九条による接見交通権に基づくものでないと考え、(したがって、接見室を使用せず、右取調中であった取調室を使用させた)また同弁護士の弁護人としての資格に疑問があり、更に、それまでの同弁護士の態度から被疑事実に対する否認の教唆等罪証隠滅工作が行われるのではないかと危惧の念を抱いたので、同弁護士の承諾を得て、吉田巡査部長に対し面会に立会うよう指示したものである。

3  第二次逮捕・勾留について

(一) 第二次勾留の違法性に関する被控訴人の主張に不備のあることは、第一次勾留について述べたところと同じである。

(二) 第一次逮捕・勾留が違法であるとする被控訴人の主張が理由のないこと及び第一次逮捕・勾留中に本件殺人事件につき被控訴人を取調べることが適法であることは、前述したとおりである。

第一次逮捕・勾留中に作成された被控訴人の供述調書の内容は詳細かつ具体的で真実性に富むもので、本件殺人が被控訴人の所為であることの疎明資料としての価値は高い。

なお第二次逮捕・勾留の請求にあたっては、疎明資料としての事件の発生報告書、証拠品であるバイクの領置調書、参考人沼山サンコ、沼山長一、沼山弘子、沼山サワ、沼山みよえ、田高きえ六名の供述調書及び特捜班長による逮捕必要報告書も提出されているのであって、自供調書以外にも令状を得るに足る資料が提出されたのである。

4  逮捕・勾留と処分結果の関係

被控訴人に対し、本件暴行脅迫事件については昭和四七年一月一八日起訴猶予処分、本件殺人事件のうち死体遺棄被疑事実については同年六月一〇日時効完成により不起訴処分、殺人被疑事実については同年一一月七日嫌疑不十分で不起訴処分がなされている。

右の処分結果のうち特に殺人被疑事件については、被控訴人の供述には十分信用性があるが、右供述を裏付けるに足る物証の収集が極めて困難であったことから、重大な犯罪であるだけに、刑事訴訟法の精神に則り慎重を期して起訴を見送ったものと考えられる。

しかし、右のことから被控訴人に対する本件各逮捕・勾留が違法であり捜査機関に過失があったとはいえない。

即ち、被疑者を逮捕し又は勾留する場合に必要とされる犯罪の嫌疑の程度としては、公訴提起や有罪判決をなすに足る程度の嫌疑のあることまで要求されるものではなく、一応犯罪の嫌疑が肯認できる程度で足りると解されており、逮捕・勾留当時右のような嫌疑があった以上、その後起訴猶予あるいは不起訴処分となったとしても右逮捕・勾留が違法となるわけではなく、また捜査機関に過失があるということもできない。

5  新聞社に対する発表について

(一) 警察職員による捜査結果の発表ないし取材記者に対する新聞記事の素材の提供は、本来警察職員の職務範囲に属しない。当該公務員の職務に関連がない不法行為について、国・県がその損害賠償責任を負うべきいわれはないから被控訴人が新聞記事の掲載により損害を被ったとしても、国・県に賠償を求めることはできない。

(二) 控訴人が前記一項5において認めた発表は、同種の罪刑事件防止という公益を図る目的からなされ、内容的にも主として事実のみを発表したもので、何ら違法性はない。一般に、捜査官が犯罪事件に関してする発表は、公共の利害に関する事項について公益を図ることを目的としてなされるものであるから、捜査官が犯罪の捜査に当って通常払うべき注意を怠らず、証拠の収集に努め周到な調査を遂げた結果得られた信念の下になした発表である限り、少くともその時点においては正当な行為というべきであり、その発表が仮に結果において客観的事実と相違していた場合でも、発表した捜査官に過失があったということはできない。

(三) 被控訴人は「暗やみからウワーという声がして棒を振り上げて来た」云々の自供があった旨の発表は動機態様から経験則上首肯しえないから違法であると主張する。

なるほど、右のような被控訴人の不自然な正当防衛的弁解の正否を解明することができなかったのは事実であるが、その余の部分では信憑性のあるかなり詳細な自供がなされたのであり、未解明の部分を未解明のまま発表することは、むしろ公表の公正さを示すものであって、違法というには当らない。

第四証拠関係《省略》

理由

第一第一次逮捕までの経過

一  本件殺人事件の発生

《証拠省略》によれば、次の諸事実を認めることができる。

1  昭和四四年六月一一日午前八時頃、青森県上北郡上北町大字上野字北谷地七三番地所在の田地の東側の小川原湖畔において、湖岸の農道の通行人により、湖岸から一・五メートル離れた水中に横倒しになりバックミラーを水面上に出しているバイクが発見された。水中から引揚げられた右バイクの車輛番号から、右バイクは同郡東北町大字蓼内字古屋敷七に居住する沼山石松所有のものであることが判明した。ところが右石松は、前日被控訴人方の田植えの手伝いに行き、夕方田植え後の酒盛りに加わったが、その後帰宅しておらず、行方不明となっていた。そこで右バイク発見地点付近一帯の捜索が同月一四日まで行われたが、右石松の所在は判明しなかった。なお右バイク発見地点から湖岸に沿って北方へ九〇メートル進むと、西方から小川原湖に流れ込む七戸川の河口の南岸に至り、そこから七戸川の南岸沿いに約一八〇メートル西進すると七戸川上に南北に架けられた湖畔橋の南端に至り、全長約一〇〇メートルの湖畔橋を渡りその北端から約三二〇メートル西方へ進むと、六月一〇日夕方右石松が田植え作業後の酒盛りをした場所(被控訴人所有の水田内にある。)に至る。

2  同年六月二七日、被控訴人所有の田付近の甲地部落内において被害者石松の眼鏡が発見されたとの風評を手がかりに、甲地第二消防分団が七戸川上流(前記湖畔橋より西方約二キロメートルの位置にある甲地橋よりさらに西方一帯)を捜索したところ、上北郡天間林村柴館、七戸川分岐点(七戸川は前記甲地橋の西側付近の地点で西北から流れて来る赤川と西南から流れて来る花切川とに分れている。)より赤川上流約五〇〇メートルの北岸に埋められていた沼山石松の死体が発見された。

右死体は頭部を東側(下流方向)に向けてうつぶせになり、臀部を露出し背部の衣類がわずかに見える程度に埋められた。付近には特徴不明の足跡が数個あり足で土砂を寄せかけた痕跡が見られた。掘出された死体は、下半身の着衣はすべて両膝附近から足首まで下げられており、上半身の着衣はすべて胸部までめくられており、右石松が生前常時着用していた強度の近視用眼鏡及び特長ゴム長靴の左足用は発見されなかった。

検視の結果、右死体には右前額部から右側頭部にかけて五個の傷があること、そのうち最大のものは長さ一二センチメートルで一部は頭蓋骨が露出し陥没していること、そのほか顔面及び上口唇各右側に各一個の傷があること、前記頭蓋骨の骨折は顔面にまで達し、顔面において複雑な形で亀裂骨折していること、気管及び肺内気管、食道、胃内にそれぞれ泥状物が存することが認められ、以上の所見に鑑み検視者は本件死体は他人から右頭部等を強打され前記創傷を受けた後溺水死したものと判定した。

なお医師村上利の右死体に対する鑑定により、前記検視と同様の判定のほか右死体の血液型はA型であることが判明し、更に前記創傷は比較的重量のある比較的鋭い稜角を有する鈍体が比較的強度に連続的に衝突的に、他為的に作用することにより招来されたものと推定された。

二  本件殺人事件の捜査

《証拠省略》を総合すれば、第一次逮捕に至るまでの捜査の経過につき次の諸事実が認められる。

1  捜査進展の概略

(一) 青森県警察本部は、沼山石松の単車を発見して以来同人は殺害された疑いがあるとして捜査をしていたが、同人の死体の発見により殺人事件と断定し、昭和四四年六月二七日同県七戸警察署に同県警察刑事部長阿部隆次郎を本部長、同七戸警察署長和田昌治ほか三名を副本部長、同県警察本部捜査第一課長補佐長谷川喜八郎を捜査主任官とし総勢三〇名で編成された特捜班を設置して、右殺人事件につき本格的に捜査を開始した。なおその後特捜班は同年七月一日、同月一三日、同年九月二日の三次にわたり縮小され、同日以降は八名で編成されることとなった。

(二) 死体発見後の捜査本部の推定

被害者石松の検視及び解剖の結果により、捜査本部では、死体が泥水を吸引していたことから犯行場所は水田又は川のある場所であり、死体創傷が右頭部顔面に集中していること及び骨折の具合を勘案し、加害者は左利きであり、兇器は角のある鈍器であると推認した。また死体発見の状況、場所から見て、死体は自動車で運ばれたものであると推認されるから、犯人は自動車運転技能を有し、土地の事情にも詳しい者であると考えた。

(三) 石松の行動について捜査結果

石松は昭和四四年六月一〇日被控訴人方の田植の手伝に行き、作業終了後被控訴人方の田の附近の農道で午後八時頃まで、土橋幸次郎、沼山千代松、土橋兼雄、土橋勝治と共に飲酒し、最後まで飲酒現場にいたことは判明したが、その後の同人の行動は不明であり、また、翌日午前三時頃には被控訴人が被控訴人方の田附近から帰っていることが判明し、被控訴人もその頃石松の姿を見ていないと述べていることから、同人の殺害された時刻は前記六月一〇日午後八時から翌一一日午前三時頃までの間と推定された。

(四) 犯行可能性ある者のアリバイ捜査

右犯行推定時刻に犯行場所である可能性のある右田植場所附近を通行したと思われる者は前記土橋ら四名及び被控訴人を含めて約七〇名であったが、右約七〇名のアリバイを捜査したところ、昭和四四年九月一七日ころまでアリバイが成立しなかったのは前記土橋三名ら及び被控訴人であったが、同月二一日には右土橋三名のアリバイも成立すると見られるに至り、結局被控訴人に対する嫌疑のみが残存することとなった。この間捜査班では物的証拠の収集にも努めたが、特に犯行又は犯人に結びつく物的証拠を発見収集することはできなかった。

2  被控訴人に対する容疑

(一) 特捜班員は、石松が被控訴人方の田植の手伝の後に行方不明になったことなどから、被控訴人について捜査をしたところ、その結果は次のとおりであった。

(1) 昭和四四年六月二八日、被控訴人は「田植後の田の水が心配になったので、見廻りのため同月一一日午前零時頃自動車で家を出て同三〇分頃田植場所に到着し、一時間位水加減を見たがその後自動車に戻りそのまま寝込んでしまい、同日午前五時頃帰宅した」旨の供述をした。

ところが、同年七月九日に至り、沼山サワから「私は被控訴人が同年六月一一日午前三時三〇分頃自動車を運転して田の方から坂道を上って来るのを見たのに、娘みよゑが同月二九日石松の葬式の際被控訴人の妻サンコから聞いた話では被控訴人は同月一〇日午後一〇時頃自動車で家を出て夜一二時頃帰宅したとのことであった。ところが、サンコは私に対しては同年七月五日石松宅において、被控訴人が同年六月一一日午前零時頃家を出て同日午前五時三〇分頃帰宅したと話した。」との供述が得られるに至り、被控訴人の前記供述に疑いが持たれるに至った。

(2) 同年七月一日沼山石松の遺族から、被控訴人は非常に気性が激しく、約二〇年前被控訴人の弟長次郎を柱に縛りつけ包丁で髪を切ったことがあること及び被控訴人は左利きであることを聞込んだ。

(3) 同年七月二日沼山助内から、被控訴人は昭和四二年の土場川土地改良区の代議員選挙に立候補したが、石松を含む親類の者が被控訴人を支持しなかったため落選し、その後被控訴人には悪い土質の水田が割当てられたのに石松には良い土質の水田が配分されたうえ、石松は自分の田の自慢をしたため、被控訴人は石松を恨んでいたとの情報が得られ、更に同月四日には、被控訴人方の田植の際石松が昼食時に他の手伝人のいる前で被控訴人の提供した食事の副食を「こんなおかず。」と言って馬鹿にし、被控訴人に恥をかかせたとの情報も得られた。

(4) 同年七月一八日、沼田松五郎は特捜班員石田幸夫に対し、被控訴人が同年六月一三日夜(石松行方不明中)石松方台所に右松五郎を呼び出して「なぞの電話がかかって来た。」と話し、同人に現金(身代金の趣旨と思われる。)の準備方を暗にすすめたと供述した。

(5) 被控訴人は自動車運転の免許を有しないが運転技能を有し、軽四輪貨物自動車、耕運機、バイクを各一台所有しており、また土地の事情にも詳しいことが判明した。

(二) 特捜班は、右収集した捜査資料を総合検討した結果、被控訴人には石松殺害の動機があると考えられ、また、被控訴人が左利きで且つ従来から粗暴な傾向を有すること、自動車運転技能があり土地の事情にも詳しいこと、犯行推定時刻に軽四輪車に乗り犯行場所と推定してもさほど不都合のない被控訴人方水田に赴いていること、右水田に赴いた時刻につき一部秘匿したと思われることなどから、被控訴人を有力な容疑者と考えるに至った。

三  暴行脅迫事件についての捜査

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  本件殺人事件につき捜査中の司法警察員石田幸夫は、昭和四四年七月三日沼山サワから、被控訴人は若い頃から気性が荒く親類の者でも村の指導的立場の人でも相手構わずに暴行脅迫行為に及ぶため畏れられているとして、親類縁者に対する過去の暴行のほか、昭和四四年になってからも細井末一郎に対し水田の分配にからんで暴行を加え、沼山喜三郎に対し同人が土地改良区から受領した人夫賃の支払を遅らせたことにからんで脅迫したとの聞込みを得た。

そこで右石田幸夫は同月一〇日細井末一郎から事情を聴取したところ、同人は大略次のとおり供述した。

「私は東北町農業委員、土場川土地改良区理事等の役職についているものであるが、昭和四四年一月二五日午後一時から上北郡東北町字塔の沢山一番地、東北町森林組合の専務室で開かれた同農業委員会の増反配分の異議申立の処理についての会合に出席するため右組合事務所に赴いたとき、被控訴人と会った。私は気軽に被控訴人に対し、「金というものは一回にあまり貯めなくても小使銭があればよいものだね。沼山義雄さんに追いつく気になってあまり無理をしない方が良いではないか。」と話したところ、被控訴人は血相を変え、大声を張り上げ「お前人を馬鹿にするのか。」と叫び、私にお茶をかけ、取組んで来て、「お前俺にあのようなくされ田をよこして。」などと言うので私は謝ったが、被控訴人は聞き入れず、私の首を強く締めつけた。その場にいた者が仲裁に入り二人を引き離してくれたので、私は専務室に入って農業委員会の会議を続け、午後三時三〇分頃、専務室を出たところ、沼山長太郎は事務室で待っていて、私を見ると「どうしても勝負しなければ駄目だ。」などと言いながら便所まで私を追いかけて来て私の胸倉を掴んだが、この時も居合わせた者が二人を引き離してくれた。私はそこで専務室へ戻り、午後五時頃再び専務室を出たところ、被控訴人は依然として私を待受けていて、「お前とどうしても解決をつけなくてはならない。墓場へ行ってお前を殺して俺も死ぬ。」などと言ってかかって来る気配を示したが、居合わせた者に引止められた。その後同年二月末頃の午前九時二〇分頃、上北郡東北町大字甲地地内の甲地停留所に停車中のバスの車内において、被控訴人はバスに乗車した私に対し「お前とはあれから会わないでいる。いまここで解決してやる。」と言い左手で首を締めつけた。」

2  右細井末一郎の供述は、沼山助内、上野卓及び甲地千代吉の司法警察員に対する同年七月一一日の供述により確認されたので、司法警察員和田昌治は野辺地簡易裁判所裁判官に暴行被疑事実による逮捕状の発付を請求し、同日同裁判官より逮捕状が発付されたが、当時被控訴人は高血圧により通院治療中であったためその執行を見合わせているうち右逮捕状の有効期間が切れ、逮捕状の執行はなされなかった。

3  昭和四四年一〇月九日、司法警察員須藤護は被控訴人の沼山喜三郎に対する脅迫事件につき、同人から事情を聴取したところ、同人は大略次のとおり供述した。

「私は住居地で農業に従事し土場川土地改良区の理事をしている者であるが、同地区では昭和四三年五月の十勝沖地震と同年八月の集中豪雨による各災害の復旧工事のため部落の者達が人夫として出て修復に当り、十勝沖地震の時の人夫賃一人当り七五〇円二九人分を昭和四四年二月に、集中豪雨の時の人夫賃一人当り二二〇円二日分を昭和四三年一一月に自分が代表して受取った。私は昭和四三年一一月受領の人夫賃を十勝沖地震の時の人夫賃と合せて部落民に渡そうとして保管し、昭和四四年二月二三日に至り一人当り一、一九〇円を配った。被控訴人は私が右人夫賃を即刻払わなかったことに不満だった様子で翌二四日午後七時頃上北郡東北町字古屋敷二三番地の私の居宅に来て「お前は不当に金をフトコロに入れていた。どうしてくれるんだ。お前が悪いと思うなら書類にハンコを押してくれ。お前のことを部落にビラを貼りつけてやるから。」と言って、二つ折りにした西洋紙にマジックで「昭和四三年○月○日、沼山喜三郎は……」などと大きく書いたものを出して見せた。その翌日午前五時頃、被控訴人は私に電話をかけて、「夕べも話したが今日は煙草の総会があるから、その途中村の電柱にビラを貼ってやる。それがいやなら謝り書を作ってハンコを届けろ。」と言った。被控訴人の以上の連日の言動により、私は途方に暮れ、被控訴人をこわいと思った。」

右沼山喜三郎の供述内容は前同日司法警察員に対する沼山久雄、土橋与志美及び小又房松の各供述により確認されたものの、被控訴人が脅迫に使用したビラの記載内容や作成者は不明であった。

第二第一次逮捕以後の取調状況と違法性の有無

一  第一次逮捕期間中の捜査状況

1  被控訴人が昭和四四年一〇月一七日別紙(一)記載の暴行及び脅迫の各被疑事実につき青森県警察警視和田昌治が請求し野辺地簡易裁判所裁判官が発付した逮捕状により逮捕され、同月二〇日右被疑事実による勾留状が執行されるまで身柄を拘束されたことは、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一) 昭和四四年一〇月一七日、七戸警察署員は被控訴人に対し同署への任意出頭を求め、午前七時五〇分から同日午後四時頃まで前記暴行及び脅迫被疑事実並びに殺人被疑事実について被控訴人を被疑者として取調べたところ、被控訴人は暴行脅迫各被疑事実を否認し、殺人被疑事実については司法警察員の質問が殺人の核心に触れるに至らなかったため、特に殺人被疑事実につながる供述も得られなかった。

(二) そこで同署司法警察員は、同日午後五時四〇分前記逮捕状により被控訴人を逮捕し、同月一九日まで被控訴人を取調べ、同日午後四時五五分野辺地区検察庁検察官に被控訴人を関係書類とともに送致した。

(三) 右逮捕期間中の被控訴人に対する取調被疑事実、取調担当者、取調時間は別紙(三)取調経過表一〇月二〇日までの欄に記載のとおりである。

右暴行脅迫被疑事実についての被控訴人の取調には主として吉田道雄巡査部長があたったが、被控訴人は一〇月一七日の逮捕状執行に際して行なわれた弁解録取時においても、右被疑事実を全面的に否認し、翌一八日午後一時から同五時四〇分まで行われた右被疑事実についての取調(同日午前中には被控訴人の身上、経歴等についての取調が行われた。)に対しては、細井末一郎に対する暴行については一部これを認めたが、沼山喜三郎に対する脅迫意思についてはこれを全く否認する状況であった(なお翌一九日右吉田巡査部長は右暴行脅迫被疑事件を検察官に送致する手続の準備のため被控訴人に対する取調をしなかった。)。

(四) 前記逮捕状と同時に発付された被控訴人方居宅等の捜索差押許可状に基づき、司法警察員警部補石田幸夫は同月一八日被控訴人方居宅等を捜索した結果、沼山喜三郎に対する脅迫に使用したと思料されるビラ一一枚、白紙四枚、念書二枚を発見し、これを差押えた。

一方司法警察員巡査部長兼平篤治は同月一九日、被控訴人が沼山喜三郎を脅迫したとき居合わせた沼山民弥を取調べ、脅迫行為当時の状況を聴取し、その供述調書を作成した。

(五) 右暴行脅迫被疑事実についての取調の合間に殺人被疑事実についても、主として司法警察員警部長谷川喜八郎(他に須藤護巡査部長)が被控訴人を取調べたが、右殺人事件についての自白はもとより、右容疑につながる供述も得られなかった。

右逮捕期間中右殺人事件に関しては、主として被控訴人のアリバイを確かめるべく沼山吉三郎、沼田松五郎及び沼山サンコに対する取調も行われている。

二  第一次逮捕の発付請求及び執行の違法性の有無

1  刑事訴訟法一九九条は逮捕状による逮捕の要件について次のとおり定めている。「司法警察員は被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる(一項)。裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、司法警察員の請求により、前項の逮捕状を発する。但し明らかに逮捕の必要がないと認めるときはこの限りでない(二項)。」

しかるところ、前記第一の三の認定事実によれば、第一次逮捕状発付請求時において、細井末一郎に対する暴行及び沼山喜三郎に対する脅迫の罪を被控訴人が犯したことを疑うに足りる相当な理由が存したものということができ、また、細井末一郎に対する暴行は反覆して行われ、しかも第二回の暴行は第一回の暴行よりも約一ヶ月も後に、バスの中という衆人環視の場所でなされたものであること及び沼山喜三郎に対する脅迫が予め被控訴人において準備した被害者を誹謗する内容のビラを用いてなされたことに照らすと、その犯行態様はいずれも執拗であり、かつ脅迫被疑事実については計画性も認められるのであるから、被控訴人に前科のないことを考慮しても、前記暴行脅迫被疑事件につき被控訴人を逮捕する必要性が明らかにないと認めることはできない。してみると、右両被疑事実につき被控訴人を逮捕すべくしてなした司法警察員和田昌治の逮捕状発付請求が法定の要件を具えたものでないということはできない。

そして右逮捕の理由及び必要は逮捕状執行時においても依然存したことは前項2(一)(二)において認定した被控訴人の右各被疑事実に対する態度からも明らかであるから、逮捕状の執行についても、法定の要件を欠くものということはできない。

2  被控訴人は、本件第一次逮捕状の発付請求及び執行は殺人事件について被控訴人を取調べる目的でなされたものであるから、右第一次逮捕は違法であると主張する。

よって右主張につき考えると、前記認定の本件殺人事件及び暴行脅迫事件の捜査の経緯によれば、本件殺人事件特捜班は本件第一次逮捕以前から被控訴人を本件殺人事件の容疑者と考えていたことは明らかであり、また、特捜班は第一次逮捕の着手前においてすでに、被控訴人が逮捕されたときには本件殺人事件についても被控訴人を取調べるとの意図を有したこと並びに第一次逮捕状発付請求者及び執行者がいずれも特捜班の右意図を認識していたことは、容易に推認されるところである。

しかしながらそもそも殺人被疑事実と暴行脅迫被疑事実とは別個独立の犯罪であるから、各被疑事実についての捜査のため取られる逮捕・勾留等の手段の理由や必要性はそれぞれ独立して判断されるべきものであり、被控訴人がすでに殺人事件の容疑者と目され取調べる必要があるとされているからといって(右取調のために逮捕・勾留すべきか否か、またその理由と必要があるか否かは殺人事件の捜査の進展に従って別途に考慮さるべきことはいうまでもない。)、ただちに右とは別個の容疑事実についてなされた第一次逮捕が違法とされる理由はない。

しかるところ、暴行脅迫事件について逮捕の理由と必要を否定し得ないことはすでに判断したとおりであること、逮捕状の執行後暴行脅迫事件についての捜査の目的で被控訴人に対する取調がなされたことは前記認定のとおりであること、逮捕状執行後勾留状執行直前に至るまで(別紙(三)の一〇月一七日の第一次逮捕状執行後から同月二〇日まで)の被控訴人に対する取調時間の合計は、暴行脅迫事件についての取調時間が一二時間四五分、殺人事件についての取調時間が一一時間一五分であること、更に、後記の認定のとおり、第一次逮捕に続く第一次勾留中においても被控訴人に対し暴行脅迫事件についての取調と殺人事件についての取調とが併行して行われ、右第一次逮捕中における取調時間と後記認定の第一次勾留中における取調時間とを合計すると、暴行脅迫事件についての取調時間は四〇時間二〇分、殺人事件についての取調時間は四四時間三五分であること等を併せて見ると、本件暴行脅迫被疑事実による被控訴人の逮捕が専ら殺人事件について被控訴人を取調べることを目的としてなされたものであるということはできない。

3  被控訴人は、本件暴行脅迫被疑事実について不起訴処分となったことをとらえて、右被疑事実については身柄拘束の理由と必要がなかったとするが、身柄拘束の理由と必要は逮捕当時の資料によって判断すべきものであり、捜査の結果不起訴となったからといって当初より身柄拘束の必要がなかったとすることはできないうえ、当時身柄拘束の理由と必要があったことは前記認定のとおりであるから、右主張は採用できない。

なお第一次逮捕中の殺人事件について違法な取調がなされたとの主張に対する判断は後に述べる。

三  第一次勾留期間中の捜査状況

1  被控訴人が同年一〇月二〇日から同月二八日まで前記暴行脅迫被疑事実により勾留されたことは当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠は存しない。

(一) 右勾留期間中の取調被疑事実、取調担当者、取調時間は別紙(三)取調経過表中一〇月二一日以後の記載のとおりである。

(二) 右勾留期間中被控訴人は沼山喜三郎に対する脅迫に使用したビラ及び念書の作成者につき供述を転々と変えたため、司法警察職員は被控訴人の供述にかかる右各書面の作成者を逐一取調べ、右取調と被控訴人に対する取調とが交互に行われたが、右暴行脅迫被疑事件についての捜査は同年一〇月二八日一応終了した。

(三) 右勾留期間中の殺人事件についても被控訴人に対する取調が行われた。その結果同年一〇月二三日被控訴人は司法警察員長谷川喜八郎に対し大要次のとおり自白するに至った。

「被控訴人は六月一〇日午後一〇時過ぎ頃自己所有の小型貨物自動車を運転して、同日に植付けた水田の水の具合を見るため、自宅から田に出かけた。自分が水路添いに歩いていると、突然ウワーと叫んで棒を持って自分に向かって来る者があったので、自分はあわてて付近にあった長さ三、四尺位の角のある棒切れを持って向かって行き、相手の頭を二、三回夢中で叩いたところ、相手はその場にうつ伏せに倒れた。その時刻は同日午後一一時前後頃だと思う。そこで相手の顔を持ち上げて見たら沼山石松だった。それで死体を隠すつもりになり、死体を自分の運転して来た貨物自動車の荷台に積み死体発見場所まで運び、手で一尺位の深さの穴を掘り、その穴に死体を入れて手で土をかけて埋めた。そのあとで殺害現場にもどり、石松所有のバイクを押して小川原湖畔に持って行き、湖中にバイクを捨てた。」

被控訴人は同月二五日被控訴人を取調べた司法警察員清野春治に対しても前記自白と同趣旨の供述をした。

被控訴人の右自供に基づき警察では被控訴人所有の小型貨物自動車を調べたが、石松のものと推認することはもとより人血と認めるに足る血液も発見されなかった。

しかし本件殺人事件特捜班は右被控訴人の自白により、第一次逮捕以前までの捜査の結果得られた被控訴人に対する石松殺人についての容疑は逮捕・勾留請求をなしうる程度にまで高められたと判断し、司法警察員長谷川喜八郎は同月二七日青森地方裁判所裁判官に殺人並びに死体遺棄被疑事件についての逮捕状発付を請求し、同日その発付を得て、翌二八日午後五時一〇分被控訴人を逮捕し、同月三〇日午後一時五分右被疑事実につき被控訴人を検察官に送致し、被控訴人は同日右被疑事実により勾留された。

四  第一次勾留における違法の有無

1  被控訴代理人は、第一次勾留は違法な目的による違法な逮捕により得られた資料に基づきなされた違法があると主張する。

しかし、第一次逮捕が逮捕状の発付請求及び執行のいずれについても違法でないことは、すでに判断したとおりであるから、右主張は理由がない。

なお、第一次逮捕中に得られた暴行脅迫被疑事実についての被控訴人その他の者に対する供述調書、捜索差押調書が同事実についての勾留請求の資料として違法なものであると認めるべき証拠はない。

2  第一次勾留中の取調の違法の有無

(一) 第一次勾留期間中に司法警察員長谷川喜八郎らが殺人事件についても被控訴人を取調べたことは当事者間に争いがなく、またその取調担当者及び取調時間が別紙(三)取調経過表記載のとおりであることはすでに認定したとおりである。

被控訴人は、第一次勾留は司法警察職員が違法な目的による違法な逮捕に基づく捜査の結果得られた資料を検察官に提出した結果なされたものであるから違法であると主張する。

しかし、第一次逮捕状が発付請求及び執行につき被控訴人主張の違法が存しないことは前記判示のとおりであるから、右の主張は理由がない。

(二) 被控訴人は、右勾留期間中の殺人事件取調に対して被控訴人には刑事訴訟法一九八条一項に定める取調受忍義務がない旨及び司法警察職員は被控訴人に対し右受忍義務のないことを告知する義務を有した旨主張し、更に、かかる告知を欠いた右取調は実質的には強制捜査であって違法であると主張する。

(1) しかし、第一に、逮捕・勾留中の被疑者を当該逮捕・勾留にかかる被疑事実以外の事実につき取調べることを禁止する法規は存しないから、かかる取調は原則として違法ではなく、逮捕・勾留されている被疑者は、供述拒否権とは別個に右取調を拒否する権利を有するものではないと解すべきである。ただし、専ら他の被疑事件を取調べる目的のもとに、ほとんど強制処分をする必要のない事件につき逮捕・勾留をしたうえで右本来の目的の事件につき取調べる等、憲法及び刑事訴訟法の定める令状主義を潜脱する強制力の行使下においてなされた取調は違法というべきであるが、本件第一次逮捕に基づく取調に右の違法が存しないことは、すでに判示したところにより明らかであり、また、本件第一次勾留中における取調にも右の違法が存しないことは、前記認定の第一次勾留中における取調の経過等によっても明らかである。

(2) 第二に、刑事訴訟法一九八条二項は供述拒否権の告知義務について規定するのみで、被控訴人の主張する取調を受けることを拒否する権利の告知義務(取調受忍義務不存在の告知義務)を規定したものではなく、同条一項の規定もかかる義務を捜査官に課したものとは解し得ず、他に右被控訴人主張の告知義務を定めた法規は存しない。

(3) 第三に、被控訴人のいう「実質的には強制捜査であって違法である」との意味は不明確であるが、被控訴人を殺人事件につき逮捕・勾留することなく暴行脅迫事件による勾留中に殺人事件につき取調べたことが違法であるとの趣旨と解される。しかし、同一の被疑者につき複数の被疑事実が存する場合に、一個の被疑事実ごとに逮捕・勾留をして取調べるか、又は全部の被疑事実につき一回の逮捕・勾留をして取調べるかのいずれかの方法によらなければならないと解すべき法律上の根拠はなく、また、いわゆる別件逮捕も令状主義を潜脱しない限り許容されうることは前記説示のとおりである。

以上いずれの点においても、被控訴人の主張は採用することができない。

(三) 第一次勾留中における自白の強要の有無

被控訴人は、本件第一次逮捕以後司法警察職員が被控訴人に対し殺人事件についての自白を強要したため、被控訴人は本件殺人事件につき虚偽の自白をするに至ったものであると主張し、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中には、右主張に沿い、右自白の強要者は司法警察員長谷川喜八郎であり、被控訴人が殺人事件を否認すると「うその固まり」とののしり、頭を下げると鉛筆で被控訴人の頭をこずき、壁に頭を打ちつけるなどした旨の供述部分が存する。

しかし、前記認定のとおり、第一次逮捕期間中被控訴人は本件殺人事件については何らの自白をしておらず、またその取調の主力は暴行脅迫事件に注がれていたのであり、右認定事実と対比するときは、被控訴人の原審及び当審における供述中、第一次逮捕期間中にも殺人事件について自白をするよう強要がなされた旨の被控訴人の主張に沿う部分はたやすく措信することができず、他に右主張事実を肯認するに足る証拠はない。

そこで次に第一次勾留期間中に殺人事件についての自白の強要がなされたか否かを検討する。

先ず、第一次勾留中における取調事項及び取調時間は前記第二の三2(一)に認定したとおりであり、その合計取調時間は暴行脅迫事件について二七時間三五分、殺人等事件について三三時間二〇分であって殺人事件についての被控訴人の取調が強制的な取調であるというに足るほど長時間にわたるものとは認め難い。次に、殺人事件についての被控訴人の自白の内容を見ると、前記第二の三2(三)に認定したとおり、被控訴人は殺害の相手が沼山石松であると認識して相手方に攻撃を加えたものでなく、殺意については、これを否定するか、あるいは正当防衛、過剰防衛ないしは誤想防衛の主張を含むものである。かかる自白が被控訴代理人主張のように「さあ殺したといえ。」との一点張りの取調により得られたものとはたやすく首肯し難い。また、司法警察職員が予め右自白内容のような状況を想定して自白を誘導したと認めるに足る証拠は何ら存しない。

更に、原審及び当審における証人長谷川喜八郎の証言及び録音テープの検証の結果によれば、右録音テープは昭和四四年一〇月二三日(前記認定のとおり、被控訴人が殺人事件につき初めて自白した日である。)における司法警察員長谷川喜八郎の被控訴人に対する取調状況のうち二時間一三分にわたる部分を録音したものであるところ、録音された被控訴人の供述は終始なめらかに行われていて、その間に録音テープの編集が行われた形跡は認められず、右長谷川と被控訴人との問答は平穏裡に行われていて、被控訴人が供述を強要されている状況は全くなく、むしろ被控訴人において認めるべき点は認め、争うべき点ないし主張すべき点は明確にこれを述べていることが認められる。被控訴人は原審及び当審において右録音が司法警察員にとって不都合な分は録音せず、その間に録音すべき供述を教えてからこれを録取するという方法によって録音テープが作成された旨供述するが、右供述は右録音テープ検証の結果と対比すると到底措信することができず、他に被控訴人の右供述を支持する証拠はない。

以上の諸点を総合するときは、第一次勾留中における殺人事件についての自白が司法警察員の強要によりなされた旨の被控訴人の前記各供述は措信し難く、他に被控訴人主張の右事実を認めるに足る証拠はない。

(四) 第一次勾留中の弁護人接見に関する違法性の有無

昭和四四年一〇月二四日被控訴代理人が被控訴人との面会を求めて七戸警察署に赴いたところ、同署では警察官立会の上で被控訴代理人を被控訴人と面会させたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば次の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

祝部啓一弁護士は昭和四四年一〇月二四日午後一時頃七戸警察署に赴き、被控訴人との面会を求めた。当時祝部弁護士を被控訴人の弁護人に選任する旨の書面は提出されておらず、祝部弁護士も同署々長和田昌治に対し「息子から頼まれて来た。」と説明するのみで弁護人選任届等を提出しなかったので、同署では被控訴人の長男長一を捜し右選任の事実を確かめたところ、同人はこれを否定し、祝部弁護士も弁護依頼者は後から来る旨告げたので、同署では祝部弁護士を待たせていたところ、被控訴人の妹ユキの夫である山本敏夫が来署したので、被控訴人の弁護依頼者は右山本であることが判明した。前記和田は右山本が刑事訴訟法三九条三〇条にいう「弁護人を選任することができる者」にはあたらないから祝部弁護士は被控訴人との接見を許さるべき弁護人にあたらないと考えたが、同弁護士の立場も考え、検察官とも打合せ司法警察員の立会のうえで面会することについて同弁護士の意思を確かめたところ、同弁護士は司法警察員立会のうえでの面会を承諾したので、当時行われていた吉田道雄巡査部長の被控訴人に対する暴行脅迫事件についての取調を中断させ、取調室で同巡査部長立会の上祝部弁護士と被控訴人を午後三時二〇分頃から約一五分間面会させた。右面会当時被控訴人は祝部弁護士が自己の弁護人であることを認識しておらず、また同弁護士を自己の弁護人として選任する旨の意思も表示しなかった。

以上の経緯に鑑みると、祝部弁護士の七戸警察署長和田昌治に対する被控訴人との面会申入れから被控訴人との面会まで約二時間二〇分経過していることをとらえて、弁護人と被疑者との面接拒否があったということはできず、また前記面会にあたり司法警察員吉田道雄が立会した点をとらえて刑事訴訟法三九条一項・違背の違法があったということもできないから、被控訴代理人の前記違法があるとの主張は採用できない。

(五) なお、暴行脅迫事件の犯行の態様、被控訴人の右事件に対する陳述状況、右暴行脅迫事件に対する捜査の状況についてこれまで認定して来た事実に照らすと、右暴行脅迫事件について不起訴になったことを考慮しても、特捜班が右暴行脅迫事件について逮捕・勾留の必要がなかったにも拘らず第一次逮捕状の発付請求及び執行をしたうえ、引続き被控訴人が勾留されたことを奇貨として、右第一次勾留を殺人事件の取調に利用したものとは認められず、また、第一次勾留中における殺人事件の取調のため暴行脅迫事件の取調がないがしろにされる状況であったとも認められない。そうだとすれば、本件殺人事件特捜班が専ら殺人事件につき取調る目的のもとに暴行脅迫事件の逮捕・勾留に名を藉り、実質的に令状主義を潜脱したと認めることはできない。

五  第二次逮捕・勾留の違法性の有無

1  被控訴人が別紙(二)記載の殺人及び死体遺棄の各被疑事実につき司法警察員長谷川喜八郎が請求し、青森地方裁判所裁判官が発付した逮捕状により同年一〇月二八日逮捕され、引続き同月三一日から同年一一月一九日まで勾留されたことは当事者間に争いがない。

2  被控訴人は、右第二次逮捕状の発付請求は暴行脅迫事件の捜査に藉口した違法な第一次勾留のもとで自白を強要する等の違法な取調の結果作成された自白調書を資料としてなされたものであるから違法であり、第二次逮捕状の執行は右のように違法な逮捕状発付請求により得られた逮捕状を執行するものであるから違法であり、また司法警察員が右違法な自白調書を第二次勾留請求の資力として提供した行為も違法であると主張する。

しかし、第一次逮捕につき被控訴人主張の違法がないこと、第一次勾留が違法な目的のために利用されたものとは認め難いこと及び第一次勾留中における取調につき被控訴人主張の違法がないことは、いずれも前記判示のとおりである。したがって、右の各違法のあることを前提とする被控訴人の前記主張は、いずれも理由がない。

第三新聞社に対する発表とその違法性の有無

控訴人主張のとおりの新聞記事が新聞紙上に発表されたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば新聞記事の内容が警察内部の取調結果にまで及んでいることが認められる。これらの事実を併せて見ると、その表現の細部において異るところがあるとしても、概ね被控訴人主張のとおりの発表が被控訴人主張の司法警察職員によりなされたことが認められる。

しかしながら、認定した本件捜査の経過に関する事実と右各記事記載内容とを対比すると、右各記事内容は、第一次逮捕時と被控訴人の一部自供後のそれは捜査の状況に関する事実を掲載したものに過ぎず、被控訴人釈放時のそれは被控訴人釈放の事実及び理由、本件殺人事件特捜班の従前の捜査の不十分であったことに対する反省、将来の捜査万針、被控訴人の自供の信憑性に対する特捜班の見解を発表したものであることが認められ、発表された事実はいずれも真実であること及び発表された意見が被控訴人の社会的評価を傷つけるのではないことが明らかである。更に、一般に犯罪の成否及び犯罪捜査は公共の利害に関する事実であり、これらの事実に関する新聞の報道は専ら公益を図る目的に出たものということができるから、警察当局がこれらの事実を新聞記者に発表する行為もまた公共の利害に関して専ら公益を図る目的のもとになされるものということができるところ、前記本件発表にかかる事実は、すべて犯罪の成否及び犯罪捜査に関するものであるから、前記本件発表は公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出たものというべきである。しかも、発表にかかる事実が真実を曲げたものでないことは前記認定のとおりであるから、前記本件発表は違法性を欠き、不法行為にならないものというべきである。

なお、犯罪捜査が動的発展的に進展していくものであることをも考えると、右発表がなされた時点において発表者に将来検察官ないし裁判官によって司法警察職員の捜査結果が誤りであったと判断されることのあり得ることまで予測して発表の当不当を判断すべき注意義務があるとすることはできず、また本件捜査の経過についての前記認定事実を検討しても、右発表当時被控訴人が本件殺人事件の容疑事実につき無実であると推認すべき事実が発見されていたということもできないから、右発表について司法警察職員に過失があるとも認められない。

次に、被控訴人は本件第一次逮捕・勾留が違法な別件逮捕であることを前提として、右発表には違法性があるというが、本件第一次逮捕・勾留が違法でないことはすでに判断したとおりであるから、右主張は前提を欠き採用することはできない。

第四まとめ

以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求は責任原因を欠くものであるから、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、棄却を免れない。

よって、以上と結論を異にする原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和勇美 裁判官 渡辺公雄 裁判官桜井敏雄転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 大和勇美)

<以下省略>

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